着替え

以前の日記にも書いたが、正月元旦はただの通過点、新たな決意はいつでもできるし、新たな将来も今すぐにでも準備できる。正月だからって何も変わることはないと。しかし、きっかけにはなる。忘れていたことを思い出すきっかけだったり、珍しい人から頂いた年賀状で昔を思い出し、ついでに昔の志を思い出すとか。結局、きっかけとしての節目はないよりあったほうがいい。
さて、我輩の正月は何のきっかけとなるのだろうか?
昨年は、一昨年の父に続き母を亡くした大いなるきっかけを作ってくれた年だった。気付いたことはたくさんある。理屈抜きの感謝であり、報いることのできない寂しさだ。
その一つでも、自ら親として、人として、生きることに活かされればいいと思っている。
正月、それは着替えのときかもしれない。着てた衣を、洗いたてのものに着替える、脱ぎ捨てた衣は、また洗いたてになり、次に着られる機会を待つ。我輩は、着たいものを着る。いつのまにか何年も同じものを着ていることに気付く。